「四人四様」という言葉のとおり、私の子育ての歴史は、そのまま妊娠中の過ごし方と地続きになっています。
1人目(みやこさん): 出産3日前まで吐き続け、体重が50キロから40キロへ激減。
その後の食べづわりで72キロまで急増するという、心身ともに大忙しのライフ。
2人目(ひーくん): 吐き気はないものの、とにかく眠くて一日中眠り続ける日々。
3人目(りゅうちゃん): 安定期まで滝のように吐き続けるだけでなく、心がすり減ってしまい、目の前の日常をこなすだけで精一杯だった時期。
自分のことで手いっぱいで、どこか人生に対して力が入らなくなっていました。
4人目(ちーちゃん): 産む3週間前まで仕事をし、つわりもトラブルもなし。
身体の負担だけで見れば、1人目が一番つらそうに見えるかもしれません。
けれど、心まで追い詰められたのは、間違いなく3人目のときでした。
心と身体のつながりと、子供たちへの思い
妊娠中の楽だった順番は、不思議なことに、私に似ている順番とそのまま重なります。
ストレスのない穏やかな妊娠期間だと母親似になり、そうでないと父親似になるのかな ??
これは賢い人に聞いたわけではなく、あくまでいつもの私の「私調べ」ですが、妙な説得力を感じずにはいられません。
中身は別ですよ?
ここでは外見のことだけを書いています。
さらに不思議なのは、4人の「体の弱い順番」さえも、この妊娠中の負担の大きさと見事に一致していることです。
あのときの私のボロボロだったエネルギーが、そのまま子供たちに引き継がれてしまったのではないか。
もちろんただの『私調べ』の思い込みですが、そう思わずにはいられないほど、不思議とリンクしている気がするのです。
そう考えると、申し訳なさで胸が締め付けられます。
もっとうまく自分の体を労い、うまく自分の機嫌をとっておけばよかったと、今でも胸の奥がチクリと痛みます。
もちろんただの私の思い込みですが、そう思わずにはいられないほど、不思議とリンクしている気がするのです。
そう考えると、申し訳なさで胸が締め付けられます。
もっとうまく自分の体を労い、うまく自分の機嫌をとっておけばよかったと、今でも胸の奥がチクリと痛みます。
けれど、今振り返って思うことがあります。あの頃の私は、来る日も来る日も自分の体調と機嫌に振り回されながら、一日一日をただ必死に生きていました。
もしその「必死さ」までもが子供たちに伝わっていたのだとしたら。不甲斐なさだけでなく、少しくらい誇ってもいいのかもしれません。
四者四様の妊娠期間から生まれた、四者四様の子供たち。不甲斐なさの中にも、なんだか愛おしさがこみ上げて来ます。
悪阻はとっくに終わったはずなのに、あの頃の私のコンディションは、子供たちの顔や体の強さというかたちで、今もずっと続いている気がします。
悪阻というのは妊娠中だけのものではなく、子供という形になって、これから先もずっと続いていくものなのかもしれません。

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